本文へ移動
RSS(別ウィンドウで開きます) 

モンゴル漫遊記

2018-08-18
 モンゴルのはなし①
 モンゴルの成功者の象徴は車だそうです。走っている車は日本車ばかりです。トヨタ車が多いですね。日本からの輸入のほとんどは車らしく、街中では庶民的なプリウスが数多く走っています。その中で、ランドクルーザーなどの大きい4WDをたまに見かけます。この大きい四駆に乗っている人はお金持ちで、成功者らしいのです。若者の夢や目標は、この大きい四駆を買うことらしく、みんなの憧れだといいます。ちなみに、大きい四駆をもっていると、それだけで銀行から融資も受けれるそうです。車がステータスなんて、昔の日本みたいですね。
 モンゴルのはなし②
 今回、長い時間を移動に費やしましたが、それにしてもモンゴル人の運転は荒い!何度、死んだと思ったことか。運転手は、右手をハンドルに、左手をクラクションに添えて、ずっと運転をしています。ずうっ~とクラクションは鳴らしっぱなしです。二車線の道路では、対向車車線を使って追い抜きを続けます。途中ですれ違う車の中には、バンパーを紐で縛って、落ちないように走っている車を多く見かけました。事故も多いのでしょうね。日本の運転マナーはいいなぁと思いました。ちなみに、私たちのドライバーは、私たちを乗せているのに、一度交通違反で警察に捕まってました(汗)
 モンゴルのはなし③
 モンゴルだけではないでしょうが、時間にルーズな人が多い国という印象があります。街中、渋滞で、時間が読めない環境にみんな慣れてしまっているのでしょうね。ちなみに、飛行機は4時間遅れました。あと、話はズレますが、陽が落ちるのが遅いので、10時くらいからお酒を飲み始めるなんてこともザラです。となると、飲み終わりは朝方・・なんてこともあるのです。日本との時差は1時間ですが、おかしな習慣がついて、日本に戻ってから戻すのに苦労しました。
 モンゴルのはなし④
 モンゴルでは、6月~9月までが子供の夏休みらしいのですが、その夏休みの宿題がすごい!「マーモットを3匹以上捕まえてこい!」ですって。マーモットとはモンゴルに生息する小動物で、正確にはシベリアマーモットといいます。日本では夏休みの友とか、図画工作をやっているってのに、モンゴルでは子供たちが森を駆けずり回ってマーモットをさがしているのです。きっと、生きることへの適応能力が高い子供に育つでしょうね。なんか楽しそう。ある意味うらやましいです。ちなみに、五葉松の森の視察中、シベリアマーモットと何匹も遭遇しました。めちゃめちゃ可愛いですよ。
 モンゴルのはなし⑤
 日本人に比べてモンゴル人は寿命が10歳以上短いと言われています。男性の平均寿命が66歳だそうで、女性に比べて肺がんや肝臓がんなどが多く発症しているとのこと。やはり、原因は肉食中心の偏った食事と強いお酒にあるみたいです。今回のツアー中にスーパーに行きましたが、売られている野菜が少ないことに驚きました。野菜はあまり食べないみたいですね。あと、強いお酒を飲む習慣は厳しい寒さが原因だと言えるでしょう。マイナス40℃ですからね。飲まないといれません。
 でも、逆に言うと、早く死ぬ分、痴呆や介護のような問題は少ないみたいです。う~ん、難しいとこですね。
 
 以上、モンゴル漫遊記でした~

モンゴル事件

2018-08-18
ひっくり返ったバギーを助ける現地の青年
名誉の負傷?!
 旅にトラブルはつきものです。今回のモンゴルツアーでも、想像を超えた大変な事故が起きました。それは、アルタンホヤグ元首相のところでバギーに乗っていたときのこと。首相のバギーを先頭に、日本三晶製薬㈱の吉原社長、そして、最後に私が続きます。3台は、次々に川を渡り、順調に走っていきました。そして、少し大きめの川を渡ろうとしたときに事件が起きました。
 まず、首相のバギーが川の真ん中で立ち往生してしまったのです。バギーが故障したみたいです。そこで、首相のバギーのすぐうしろを走っていた吉原社長が、首相のバギーが急に止まったので、スピードを緩めたところ、流され始めたのです。あれよあれよという間に流されていきます。しかし、そこは社長、頑張ってなんとか岸にたどり着きました。が、ついたのはいいのですが、登るところが高く、なかなか登れません。そして次の瞬間!吉原社長のバギーが裏返しにひっくり返ったのです。「ヤバイ!!」岸から見ていた私はスローモーションでひっくり返る吉原社長のバギーを見て叫びました。
 何秒くらいだったでしょう?なかなか吉原社長が浮かんできません。やってしまったか・・と、思った次の瞬間、吉原社長がひっくり返ったバギーの下から浮かびあがってきたのです。よかった~。私はホッと胸を撫で下ろしました。しかし、バギーはひっくり返ったまま。すると、どこからかともなく、馬に乗った青年たちが集まってきて手助けをしようとしてくれました。ひっくり返ったバギーを馬が助けるってのもおかしな話ですが、馬を操り川へと飛び込む彼らはめちゃくちゃかっこよかったです。まるで映画の世界。
 結局、最後は首相のSPが助けてくれたのですが、吉原社長はあばらに大けがをしていました。バギーの下敷きですからね。助かっただけでも奇跡です。本当に良かったです。もし、一大事になっていたなら、このブログは書けなかったでしょうね。
 あとで、一人だけなんともなかった私は、吉原社長に攻め続けられました。「なんで助けにこないんだ!」と。いやいや、行ってたら私も二の舞でしたよ。社長には悪いけど、今回のモンゴルツアーの一番の思い出になりました。役者やのぅ(笑)

ファミリーフィッシング倶楽部

2018-07-30
 私は意外と多趣味なんです(突然ですが)。ゴルフ、ボーリング、音楽(ギター)などなど。そして、中でも得意なのが釣りです。バス釣り、海釣り、川釣り、なんでもします。実は、社長室には竿が何十本と並んでいたりします。
 ということで、今回は釣りに行った話しです(笑)。いつもお世話になっている車関係の社長からお誘いを受けて船釣りにいきました。我社の太公望?を5人ほど連れての釣行です。
 金曜日、早々と仕事を切り上げさせて、皆で意気揚々と海に向かいました。皆の顔が童心にかえってるみたいで、港に着くまで車内は盛り上がっていました。今回、狙う獲物はイカです!釣って楽しい、食べて美味しい、最高のフィッシュイーターです。でも、最近は暑さのせいでしょうか、あまり釣果は良くないそうです。さぁ、どうなることやら。
 実は台風が迫っていたのですが、当日はうねりもなく、絶好の釣り日和でした。今回お世話になったのは「みゆき丸」さん。船長は強面でしたが、とても優しい面倒見のいい方でした。
 鷹巣漁港から出港して、約20分ほどで釣り場に到着しました。まだ、夕焼けが残る空の下「50メートル!」船長の掛け声で釣りスタート。皆、我先に釣りたくて焦って竿を出します。船内に緊張が走りました。しかし、なかなかイカは姿を見せてはくれません。船内に焦りが出てきた次の瞬間「15メートル!」と船長の声。イカがうわづっていたのです。社員の一人が先頭を切って釣りあげました。綺麗な赤イカです。そして船の灯りが点くと、猛ラッシュが訪れました。次々にイカが釣れます。赤イカ、真イカ、スルメイカ。まぁオモシロイくらいに。そして、船中はイカの墨でみるみる真っ黒になりました。
 休む暇なく釣った時間は約5時間。100パイを遥かに超える釣果です。一番釣った社員は60パイ!!船長も驚いてました。我社員ながら大したものです。そして、帰りになぜか片町(飲み屋街)に行き、いつもお世話になってるお店でイカをお裾分けしてきました(笑)。今年はイカが不漁だと口々に言われて、皆さん大変喜んでくれました。よかったよかった。
 社員もみんな興奮ぎみで、釣りの魅力に気付いたみたいです。いいコミュニケーションができました。これを機会に「ファミリーフィッシング倶楽部」を立ち上げ、定期的に釣りに行くことにしました。また、次の釣果報告にご期待ください。

旭大星、結婚おめでとう!

2018-06-10
 2018年6月9日大安。東京錦糸町のホテルで旭大星の結婚式が行われました。今回、招待状をいただいたので、日本三晶製薬㈱の吉原社長と北海道のW社長と共に参加しました。同じ伊勢ケ浜一門の横綱・白鵬など角界関係者を始め約500人が出席して、北海道出身では20年ぶりの幕内力士となった旭大星の門出を祝福しました。
 お相手は、東京在住の芳恵さん(27)という方。小柄ながら、しっかりとしてる感じで、将来のおかみさんの風格がある、品のいい女性です。きっと、大星(たいせい)を支えてくれることでしょう。大星は見る目があるなぁ~。てか、大星の一目惚れなのだとか。
 和やかなムードで進行した式は、中盤、大星の知人の芸能人の挨拶で盛り上がりを見せました。友綱親方(元旭天鵬)も私たちのテーブルに挨拶に来てくれて賑やかになりました。そして、式はクライマックスを迎えます。
 最後は旭大星のお母さんからの手紙が読み上げられました。2003年9月に他界した母・真由美さん(享年36)が生前に残した手紙だそうです。大星は、早くにお母様を亡くされていたのです。当時、自身の死を覚悟した真由美さんが、息子の結婚の際に読み上げてほしいと夫の浩さん(53)に託したもので、お父様が、真由美さんが亡くなる1年前に「妻が話したことを私が書いておきました」とおっしゃってました。あれから16年間もの間、大切に保管してあったそうです。
 手紙は「結婚、おめでとう。この手紙が読まれるときにはお母さんは天国に行っていると思います・・。」という言葉で始まりました。手紙の存在を知らなかった旭大星は大号泣。来場者からもすすり泣く声が洩れました。感動しましたね。あとに旭大星は「こんなに泣くのを我慢して泣いたことは初めて」と話してました。
 来場所、幕内に上がり活躍する姿を、お母様はきっと天国で見ていることでしょう。私も、引き続き旭大星を応援していこうと思いました。今日の結婚式で流した涙は、また一段と彼を強くすることになるのだろうと思います。ガンバレ!大星!!

まるで氷河期

2018-02-13
 今回の豪雪を「氷河期」と言って、福井駅前の恐竜のオブジェの画像を掲載していた人がいましたね。ちょっと言いすぎかも。では、今回の豪雪は何て名付けられるのでしょう?「平成30豪雪」?ありきたりですね。語呂も悪い。
 福井には、名前のついた豪雪が過去に2回ありました。一つは昭和38年の通称「三八(さんぱち)豪雪」です。もう一つは、昭和56年の「五六(ゴウロク)豪雪」です。私が経験したのは「五六豪雪」です。多感な時期だったので強烈な印象があります。ちなみに、「三八豪雪」は生まれていません!
 五六豪雪の時は、屋根雪降ろしを何回もした記憶があります。父親に「家が潰れるぞ!」と脅かされて、屋根に登ったのです。確かに、寝ていると、家がミシミシきしみました。戸も開けにくくなってましたね。屋根からの雪を落とすと、窓が雪で覆われて、1階はお昼でも真っ暗でした。玄関も雪で開きません。仕方なく2階から出入りしたのを覚えています。毎日、2階から空に向かって出ていきました?!嘘みたいな話です。もっと言うなら、外を歩いていると、電信柱に躓きました(笑)。ホントですって!
 五六豪雪に比べれば、今回の豪雪はそれほどでもと思うのは不謹慎でしょうか?五六豪雪の時は除雪した雪を県庁のお堀に捨てました。それが、ビルの5階建ての高さにもなり「五六豪雪新山」と呼びました。その雪は、その年の6月まで残ってたのは有名な話です。
 当時は携帯電話もなく、情報量が今より断然少なかったと思います。今回は情報は早かったのではないでしょうか?でも、情報があったわりには、県の対応が遅い!という指摘がされています。ある人は、今回の豪雪は、天災ではなく人災ではないかという人もいます。
 来年以降、このようなことのないように、県には早い対応を期待します。同じ失敗を繰り返さないようにしましょう。他県から笑われますぞ。お役所の皆様、頭を柔らかくしないと、化石って言われますよ(恐竜だけに)!?
TOPへ戻る