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日本かがやき製薬

日本かがやき製薬 提携

 2020年5月1日に『日本かがやき製薬 株式会社』が設立されました。私たち(株)ファミリーライフサイエンスは、2020年7月20日より日本かがやき製薬㈱と業務提携をして、共にオリジナルサプリメントの拡販のために協力をしていくこととなりましたので報告をさせていただきます。
 日本かがやき製薬は、(株)ファミリーライフサイエンスの商品企画部門を継承し、ドクターズサプリメントシリーズをより安定して確実なものにするために設立された機関で、医者とのタイアップやドクターズサプリメントのリニューアル、新しいサプリ原料の開拓などを目的として活動していきます。
 
 

「かがやき」

かがやき製薬の「かがやき」の名称には多くの所以がありますが、まずピンとくるのは北陸新幹線のかがやきでしょう。「かがやき」は東京~金沢間を2時間28分で結ぶ北陸初の新幹線の愛称です。そして、2022年には福井県敦賀市まで繋がる計画になっています。福井県にもようやく新幹線が開通するわけです。福井県人として、これほど喜ばしいことはありません。北陸新幹線の「かがやき」という言葉の響きには、北陸の人間の夢や希望が託されています。未来への夢と希望を導く「かがやき」だと言えるでしょう。

福井出身の蘭学者 杉田玄白先生の教えを胸に

 日本かがやき製薬は、ある有名な歴史上の人物の言葉を経営理念にしています。日本の医学を語る時必ず出てくる有名な人物です。その名は「杉田玄白」。杉田玄白先生の功績は誰もが歴史で学んでいると思いますが、西洋医学翻訳書『解体新書』を著し、日本の医学の近代化や蘭学の進展に貢献した人です。
 杉田玄白先生は若狭小浜藩の藩医であります。簡単に申し上げれば福井出身ということです。杉田玄白は、若狭小浜藩の藩医杉田甫仙の子として、小浜藩主酒井家の屋敷があった牛込矢来(現在の新宿区矢来町)で生まれ、元文5年 (1740年)には一家で小浜へ移り、父が江戸詰めを命じられる延享2年 (1745年)まで小浜で過ごしています。現在、福井県小浜市には杉田玄白先生の像や碑があり、「杉田玄白記念公立小浜病院」と名のついた病院まであります。意外と知られていないのですが、日本の医療の歴史を変えた杉田玄白は福井出身なのです。

医事不如自然

 杉田玄白先生は、1733年(享保18年)から1817年(文化14年)年まで85年もの長きに渡り生きられました。当時の平均寿命は33~40歳くらいですから、85歳というのは奇跡に近い年齢だと言えるでしょう。
 杉田玄白先生の絶筆が残っています。医事不如自然 八十五翁九幸老人書」という言葉です。実は、この「医事不如自然」という言葉が日本かがやき製薬の社是となっています。「医事不如自然」とは、つまり、医療に関する様々な事は、自然の力には到底適わないという意味です。杉田玄白先生が亡くられて200年以上が経ちますが、現在においても、医療がどれだけ頑張っても自然の力には勝てないという考えは的を得ているのではないでしょうか?今、まさに、心に響く言葉となっています。
 日本かがやき製薬は、サプリメントの企画製造が主な仕事ですが、杉田玄白先生のお言葉のように、薬だけに依存する悪い風潮を改善し、自然の力を大いに活かして商品を作っていきます。

養生七不可

 杉田玄白先生は、古希の前年に、子孫のため七不に因んで『養生七不可』という長生きの秘訣を作りました。その教えは、私たちがアンテナショップなどで唱っていることと同じ内容で、現代においても通じるものです。

①昨日の非は恨悔すべからず
(過去のことをくよくよ悔やまない)
②明日の是は慮念すべからず
(未来のことをあれこれ考えない)
③飲と食とは度を過すべからず
(飲みすぎ食べすぎは注意しないといけない)
④正物に非《あらざ》れば荀《いや》しくも食すべからず
(風変わりなものを食べない)
⑤事なき時は薬を服すべからず
(意味なく薬を飲まない)
⑥壮実を頼んで房《ぼう》を過すべからず
(元気だからといって無理をしないこと)
⑦動作を勤めて安《やすし》を好むべからず
(横着をせず運動をしなといけない)

 こう戒めたあと、あとがきで生来病弱であった自分が今日健やかでいられるのは、病身が治ったのではなく、養生によるものであると語っています。健康は一日でならず、毎日毎日の積み重ねが大事だという教えです。
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